ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調


この作品は言うまでもなく、“楽聖”ベートーヴェン(1770-1827)が交響曲の世界に踏み出した最初の作品です。その交響曲デビューはおそらく世間のイメージからすると意外に遅く、彼が29歳の時でした。

 

既に≪悲愴≫を含む10曲のピアノ・ソナタや初期の6つの弦楽四重奏曲を完成しており、世間の評価もある程度得ることができていた彼ですが、やはりモーツァルトやハイドンといった先人たちの影響が色濃かった時代。この交響曲第1番も彼の作品群の中では確かに“比較的”古典的なもので、しばしば初期の作品と見做されます。しかしひとたび内容を紐解けば、そこには伝統を覆そうとした彼の野心が随所に顔を出しており、彼が“第一歩”に如何ほどの力を込めたかが伺い知れます。

 

それは冒頭から現れます。綺麗なド・ミ・ソではなく、なぜか第7音“シ♭”が含まれる和音から曲が始まり、その後もなかなか調性は定まろうとしません。ほとんど主和音を用いず勿体ぶったまま曲は提示部になだれ込み、そこで待ちわびていたかのようにハ長調の和音が繰り返されます。現代を生きる我々にとってはあまり違和感がない響きかもしれませんが、当時の聴衆はさぞかし驚き、そしてわくわくさせられたことでしょう。

 

もう一点、特筆すべきが第三楽章についてです。この楽章はそれまでの交響曲の慣習に従って「メヌエット」と銘打たれているものの、伝統的なそれとは一線を画すテンポ設定がされています。その本質は、彼が第2番以降の交響曲で導入した「スケルツォ楽章」の先駆けと言えるでしょう。同時代に書かれたシンフォニーはほぼ例外なくメヌエット楽章を含んでいるため、この挑戦は非常に大きなものです。おそらくベートーヴェンにとってもプレッシャーだったのでしょう。代わりに第二楽章が、緩徐楽章の役割を担いながらも、メヌエットの性質を帯びているように思えます。

 

こうしてベートーヴェンがスケルツォで打ち出した個性は、交響曲の歴史において後の作曲家に大きな影響を与えます。ブラームスは全ての交響曲において第三楽章に間奏曲的性質をもたせましたし、ブルックナーやマーラーも(全てとは言えないまでも)レントラーを好んで用いています。チャイコフスキーも後期交響曲に、様々な形でワルツを取り入れました。

 

確かにこの作品は長い交響曲の歴史の中では小ぶりなものですが、交響曲の自由な表現の幅を広げたという点で、大きな意味をもっています。

例えるならニール・アームストロングが初めて月に踏み出した“小さな一歩”のように、人類にとっては“大きな一歩”だったのではないでしょうか。

 

…そう、ベートーヴェンは、“第一歩”から既に歴史を変えはじめていたのです。

 

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