ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調≪運命≫


楽聖ベートーヴェンが難聴に苛まれながら書きあげたこの曲は、有史以来、最も有名なシンフォニーといっても過言ではないでしょう。内心、改めて紹介する必要などないのではないかとも思えてしまいます。しかし、ときに「スタンダードナンバー」とすら紹介されるこの楽曲…果たして本当にそうなのでしょうか?歴史を顧みれば、これほど型破りな作品も他にありません。

 

冒頭、かの有名な「運命の動機」から曲が始まりますが、第1楽章においてこの動機がもつ意味はとても大きなものです。“そそそみー”…この主題はシンプルだからこそ、この楽章のあらゆるところに存在します。第2主題も和音の構成を紐解けば「そそそみー」に紐づくものであることは明らかですし、低音部には対旋律としてそのままのリズムが残っています。
誤解を恐れずに言うと、この曲にはメロディらしいメロディがありません。その筋肉質な構造美は、まるでバッハのようです。ベートーヴェンは自身の交響曲を通じてロマン派の扉を開きましたが、この部分だけ見ると時代を逆行しているようにも見えます。しかし、ささやくようなピアニシモから雷鳴のごときフォルティシモに至る見事なダイナミクスの表現は、ベートーヴェンの時代だったからこそ為しえたのでしょう。(登場は第4楽章となりますが)交響曲史上初めてトロンボーンやピッコロ、コントラファゴットを編成に加えていることからも、この曲がそれまでのオーケストラよりも一回り大きな編成を想定していたことは明らかです。

 

また、他に注目する点が多すぎて見過ごされがちですが、この曲はベートーヴェンが書いた初めての“短調”による交響曲です。第1楽章は(やや構成が自由なものの)典型的なソナタ形式を用いていますが、ここにもベートーヴェンの工夫が見受けられます。この時代まで短調のソナタ形式においては、第2主題が提示部では長調で示されるのに対し、再現部では短調で戻ってくるのが通例でした。しかしこの曲では、提示部・再現部ともに第2主題には長調が採用されています。これにより第1主題(暗)と第2主題(明)のコントラストがより明確になり、これ以降、他の多くの作曲家においても短調のソナタ形式ではこの手法が好まれるようになりました。

 

いかがでしょう。この曲が第1楽章からして、どれほどセンセーショナルなものであったか感じていただけましたでしょうか。

 

しばしば第1楽章は悲劇的な側面ばかりが取り沙汰され、この交響曲は「絶望から希望」というコンテクストで語られることが多いものです。しかし、その解釈はなんとなく勿体ない気がします。この曲が最初からどれほど前向きなエネルギーに満ち溢れているか。それが少しでも届けられるような演奏ができればと思います。

 

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