ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番変ホ長調


ショスタコーヴィチ(1906-1975)ほど、政治的な文脈から切り離せない作曲家も珍しいものです。彼の姿勢については諸説あるものの、生きた時代がソビエト共産党の全盛期だったため、当局の求める「社会的リアリズム」のもとで自己表現を模索する必要があったことは間違いないと言えるでしょう。

 

若かりし頃はベルクなどの影響を受け、前衛的な音楽に傾倒していたショスタコーヴィチですが、当局による前衛芸術の締め付けが厳しくなるに伴い、一度大きな作風変換を行います。その転換点が皮肉にも、現在彼の作品のなかで最も有名になってしまった交響曲第5番Op.47です。彼が取り組んでいた、無調をはじめとする前衛的な作曲技法はここから影をひそめ、近代的ながらも分かりやすい曲作りがされていくようになります。それまでの作品と比べたとき、きっと彼が嗜好とは異なるほうを向いてしまった(向かざるをえなかった)ことは、はっきりとわかります。

 

しかし、同時期の交響曲作曲家で高い支持を得ているシベリウスも、プロコフィエフも、無調というよりは独自の「調性感」を持っていた作曲家です。彼が初期の無調性を貫いていたときは今と同じほどの知名度があったかどうか分からないと主張する意見もあり、このあたりが「政治的な文脈から切り離せない」大きな要因にもなっています。

 

さて、本日演奏するチェロ協奏曲は、時代的にはスターリンの死後に書かれたもののため、ショスタコーヴィチにとっては少し自由に作品が書けるようになってきた時期のものと言えるでしょう。調性は一部あやふやなところがあるものの基本的にはわかりやすく保たれていて、どちらかというと変拍子の多用がやや前衛感を漂わせます。

 

ショスタコーヴィチ自身はこの曲をとても気に入っていたようで、後年に自分へのオマージュのつもりで書いた弦楽四重奏曲(第8番)の中で、この曲の主題を引用しています。そこからも伺える通り、楽曲としての完成度は非常に高く、一度耳にされるとしばらくは頭から離れないくらいに印象的な曲ではないでしょうか。

 
クオリティの割に演奏機会に恵まれない不遇な曲だと思いますので、少しでも皆様の心に残すことができれば良いなと思います。独奏チェロと同じくらい重要な役割を担わされるホルンにもご注目ください。

 

(この曲は著作権の都合で録音の公開を見送っております)